やって来た釣聖J・ローガンのキャスティング

イギリスの正統派フライフィッシャーマンがやって来た。 われわれが本栖でみたものは……

高田弘之

「私はいまここに集まっている皆さんのなかでも一番小さく、年齢も74才の老人ですが、キャスティングでは皆さんに負けない」

事実J・ローガン氏は14フィートもある長いサーモンロッドを軽々と振って、30ヤードのラインを風の中で見事に投げて見せた。

緑の風薫る6月初旬、フライの総本山である英国のロンドンからハーディキャスティングスクール・オブ・ロンドンの校長であるジョニー・ローガン氏が、日本でスクールを開く為にやって来た。

小柄な体躯から出る爆発的なパワーは、正に驚くべきもので、英国式のオーソドックスなキャスティングを披露した。 とくにスペイキャストのデモンストレーションは日本では初めてである。

彼のキャスティングは、実際の釣りとくにサーモンフィッシングのためのテクニックが主で、初代の校長であるキャプテン・エドワードの後を継いだフライキャスティングの最高峰である。

スカボローのトーナメントの遠投および正確度のチャンピオンであった彼の言葉に次のようなことがある。

「フライは遠くへ飛ばすのが目的ではなく、距離を云々する輩は、すべからくトーナメントキャスティングに加わればよい。自分はいっさいウエイトフォワードラインは使用しない。 ダブルテーパーラインだけで十分である。 フライのキャスティングは力で投げるのではなく、ロッドのしなりを利用してパワーを送り出す。 力が不必要だということは多分80才までは、最初に釣りを始めた9才の時と同じように、フライを楽しめるであろう。 キャスティングのコツは唯一つ、リラックスしてグリップを握ること。 ゴルフとまったく同じである。」

彼のもっとも得意とするキャストは、風のある時に行うキャストで、フィニッシュの時に、ロッドを水面近くまで振り降ろしてラインをまっすぐ伸ばすことである。

とくに彼が特別に見せてくれたスペイキャストは、各種のフライ教書に書いてある説明では、非常に理解しがたいテクニックであったが、実際に見れば簡単であった。

スペイキャストとは、別名スイッチキャストと呼ばれる投げ方である。

キャスターは川の流れの上流に向かって左岸に立ち(サウスポーは右岸に立つ)、川に向かって45度に構え、アップストリームに向かってキャストする。 ラインが流れて右手川下まで下がった時、このラインをロールキャストの要領で引き寄せ、ロッドを川上に向かって振り降ろし、ロールキャストを行う。

この場合、ラインは大きな螺旋を描いて川上に向かって新しい方向にロールして伸びる。

この方法はラインをピックアッップしてそのたびに新しいキャストをして、上流に投げるよりも、時間的には非常な節約ができることと、後方に障害物がある場合、非常に有利な投げ方のひとつである。

欧州の川でのサーモンフィッシングには絶対的に必要なテクニックとしてマスターしなければならない。

当日彼は得意なダブルハンドルのサーモンロッドの使い方のデモンストレーションから披露した。 続いてシングルハンドルロッド(彼はトラウトロッドと呼ぶ)のキャスティングを各テクニック別に見せてくれた。

とくにびっくりしたのは、ロールキャストの場合に、最後までロッドを振り降ろした時に、ループが水面を走るのがロールキャストのように考えていたが、彼の言葉によると、ラインが空中で輪を描いてロールするいわゆるエリアルロールキャストが正式のロールキャストであるという。

このためかロールキャストのフィニッシュの時に、一時ロッドを急激に止めてラインを前方に打ち出すテクニックを見せてくれたのは、学ぶところがあった。

いままでのロールキャストでは、水面を走るラインにより、魚が散ってしまうことに対する疑問があったが、とくにドライフライの場合に、ロールキャストが使えなかった矛盾が解決できたことになる。

彼の教授方法は体で教えるいわゆる個人教授で、朝から一人一人の生徒の手を取って、キャスティングを教えていた。

彼の主義として生徒の使っているロッドやリールに合わせたキャスティングを教えるのをモットーとしていて、ローガン氏の関係のあるメーカーの製品を云々ということは、いっさいいわなかった。

ローガン氏のテクニックのデモンストレーションが終わってから、20数名の生徒を2つに分け、一方を経験者のグループとして、おのおのの生徒にラインを投げて見させ、個人の癖やテクニックの欠点をひと目で見つけて、矯正していた。

ビギナーには、親切に最初のグリップから教えてゆき、午後には全員なりの形になり、一応のラインが出るようになった。

あいにく午後から、フライには禁物な風「富士おろし」が吹き出したが、ローガン氏は、風の中でフライを振るのもテクニックのひとつであるといって、向い風および横風さらに追い風に対するキャスティングを解説した。

向い風に対するオーバーヘッドキャスティングの場合には、バックキャストをソフトに振り上げる。 これは後方に伸びたラインのループを風を利用して大きくし、ラインを伸ばす助けとする。

次に前方にラインをキャストする時には、スナップを効かせて振りおろし、ラインのループをできるだけ小さくして、風の抵抗を最小限にしてラインがまっすぐ伸びるようにキャストする。

フィニッシュの時も、ロッドを水面近くまで振り降ろし、同様にラインが風に流されないようにするのがコツであるという。

追い風の場合は、これとまったく逆になり、バックキャストの振り上げを速く前方をソフトにすればよいことになる。

向かい風や追い風の時に、フライが真正面に飛んでくるのを防ぐためには、ロッドをやや外側に倒して振れば、自分の耳を釣ることがない。

横風の場合はサイドキャストを使うが、または目標に向かって、横風の来る方向に、風の強さにあわせて幾分構えの角度を変えてキャストすれば、風の力でドリフトされて目標に確実にラインが向かうようになる。

キャストと同時に、体はもとの位置にもどす。

また、リトリーブに対してローガン氏は興味ある発言をした。

リトリーブは左手でラインを輪にして順次手繰り込む方法が一番よいことを強調した。 もちろん掌の中にラインをたたみ込む方法やフィギュアエイトと呼ばれる方法もあるが、ラインをたたみ込むとかえってくせがつき、寒い時期にはラインのコーティングに小さなヒビが入りやすくなる原因を作るといっていた。

キャスティングのコーチをしている時は、イギリス紳士まる出しで、かなり厳しく何度も気に入るまで同じキャストを生徒に繰り返させていた。 こんな彼でも昼食事には、軽いジョークも飛び出し、全員和気あいあいの楽しい懇談会になった。

世界各地をキャスティングのコーチをしながら回ってきたローガン氏は初来日で、日本の印象はすべてのことに強烈だったらしく、とくに駆け足で回った関西、北海道の風光は素晴らしいと語り、一番驚いたのは新幹線で、まさに世界一と称賛していた。

また彼の初めて接した日本のフライフィッシング関係者については、すでに来日したことのあるハーディ社のジム・ハーディ氏から、いろいろ聞いてはいたものの、フライフィッシングの歴史は浅いにもかかわらず、短い年月の間に世界的レベルに達していて、当日の受講者たちも、英本国でのフライスクールに参加する人たちと比べて、この技術は本当にハイレベルであるとつくづく語っていた。

インストラクターだけでなく、むしろフライフィッシャーマンである彼は、日本でフライで釣れる魚に対する興味は大きいらしく、昼食時はどんな対象魚がいるかを聞かれた。

サクラマスの陸封型であるヤマメのテンカラ釣りのこと、また毛バリで釣るアユのことを説明したところ、必ず近い将来、再び日本を訪ずれ、これらの魚の釣りをしてみたいともいっていた。

本栖湖畔のレストランの壁にかかっていた大型ブラウンの写真には驚いたらしく、その移入経路をメモして帰るほどであった。

最近わが国へは、世界のあらゆる国からフライキャスターと呼ばれる有名人が来日するが、その人達はその国やそれぞれの個性の違いにより特徴のあるフライキャスティングを残していった。 J・ローガン氏は、正統派の基本となるフライのキャスティングテクニックを残していったことになる。

ジョニー・ローガンのプロフィール

1908年英国のグリニッジ生まれ。 9歳頃から釣りに興味を持ち始め、フライフィッシングを覚える。 1946年からハーディ社のキャスティングスクールの教授であるキャプテン・エドワードのアシスタントとして、彼の没年(1960年)まで、キャスティング・スクール・オブ・ロンドンで活躍した。

その後同スクールの教授として週6日間、世界中から参集する受講者のために、スクールを継続中で、すでに6000人余のフライマンにフィッシングを伝授している。 この中にはプリンスエドワードを始め、スポーツ選手や俳優、日本でも知られているジェームス・ハーディもローガン氏の受講生である。

英国の伝統ともいわれる最もオーソドックスなスタイルを継承しており、今日のハーディ製品の誕生にもエドワードおよびローガン両氏のキャスターとしての助言が大きく寄与していると言われている。

ローガン氏は単なるインストラクターではなく、サーモン、シートラウトおよびトラウトに精通しているアングラーでもある。 特にスコットランド、イングランド、ウエールズおよびアイルランド全域のフィッシング事情に精通しており、キャスティング講義以外にも、ハーディ・ロンドン店で英国内の釣り相談も引き受けている。

50年にわたる経験と世界中から参加する生徒を相手に教授するため、言葉よりもテクニックを身体で教えていく独特の方法は、ユニークなインストラクターのタイプとして評価されている。


この文章の掲載を快く了解していただきました高田弘之様に感謝いたします。


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