日本のフライフィッシャーマンの60%が彼の影響を受けているといわれている人、レオン・チャンドラーが、また、日本を訪れて、その神技に近いキャスティングの手のうちを、何人かの日本人に残して行った。
アメリカ人としては、決して大男ではないレオンの横顔は、最初に日本に訪れた6年前に比べると、老けたように思えた。
今世紀のフライフィッシングの長老であったチャールス・リッツ、ガンブリッジ、ロードリック・ヘイグブラウンの3人が、相ついでこの世を去り、今ではレオン・チャンドラーが、彼等逝き後、フライ界をリードしていく立場の1人であるといっても過言ではない。
56才で40年余のフライキャスターとしての彼の人生と経験が、彼に現在の地位を与えたのである。
フライフィッシングの主役は、ラインである。 ラインがすべてのテクニックの演出をして、フライをプレゼンテーションする。 フライラインを上手く飛ばして、完璧に演出するために、ロッドやリールがある。 これらは脇役なのである。
戦前の長い間、伝統的に使われたシルクラインが、戦後の過渡期にナイロンラインに変わった頃、若きレオン・チャンドラーは、ナイロンを生んだアメリカで、いち早く新しいタイプのコーティングがなされたフライラインの設計と製造に着手していた。
AFTMA(アメリカ釣具製造組合の略)のフライラインの標準ナンバーを作ることにも貢献し、新しいタイプのラインである「ウエイト・フォワードライン」や「シンキングタイプライン」を開発したのも彼である。
一番最近では、ニンフフィッシングに威力を発揮しているニンフティップラインを開発している。
彼は現在、アメリカのコートランド社の副社長謙デモンストレーターとして、世界各地を回って、フライキャスティングを解説している。
世界には名前の知られているフライキャスターは何人もいる。 おのおのその流儀でキャスティングの方法も違うが、大きな流れとしては、イギリスを含めたコンチネンタルタイプと、アメリカ西部を主とするアメリカンタイプの二つに分けられる。 もちろん欧州には古い伝統があるために、すべてのテクニックが、釣り具にいたるまで、オーソドックスの域を脱しないのである。
逆に新しい国であるアメリカでは、現実的であることを重んじ、すべての釣り具及びテクニックが実際に適しているように変わってきている。
広大な国土のアメリカでは、西部と東部では、釣り場や魚がまったく違う。 東部のニューヨーク地区近辺では、欧州の釣り場に似た状況の場所が多く、釣りもかなり欧州タイプの影響を受けている。 ドライフライを主とし、細いラインでデリケートなキャストを得意とした釣り方である。
雄大な山脈から流れる大きな急流で、ワイルドな魚と対決する西部のスタイルは、遠投をモットーとするヘビー・デューティーな東部とは、かなり違った釣り方をしなければならない場所が多い。
レオン・チャンドラーのキャスティングのフォームは、イーストとウエストのちょうど中間のスタイルのように見えた。 川でのラインの扱い方、とくにピックアップのテクニックを数多く見せてくれたのは学ぶところがあった。
開口一番彼の強調したことは、マッチしたバランスドタックルを使うこと、トーナメントキャスターになる目的の人意外は、遠くへ飛ばすことに専心するのは間違いであること、近距離での正確度と各種のテクニックをまずマスターしてから、飛距離を伸ばすことを練習するのが、キャスターへの一番の近道であること等々、有意義な発言をしてくれた。
とくにウエイト・フォワードラインの使い方では、ランニングラインが出てしまった距離でのロールキャストは、パワーが消えてしまい、ラインがロールしなくなる理由を重ねて説明していた。
その他では、スラックキャストを利用した、ドライフライのダウンストリームキャストを、彼自身よく使用すると語っていた。
アップストリームキャストでドライフライを流すと、ラインが魚の上を通過してしまい、魚を驚かして釣れなくなってしまう。 ダウンストリームキャストをすれば、ドライフライが、魚のいる場所にラインより先に流れて通るので、魚を驚かすことがない--と説明していたが、これもアメリカ東部地方の浅い澄んだ川でのテクニックのひとつである。
終わりに近い頃、ダブルフォールの説明とデモンストレーションをやってくれた。
バックキャストをして、左手を高く上げて、右手にフォローする時点で、ラインを後方に落してから、フォワードキャストに移る。 こうすれば、練習の時のタイミングののみ込みが早い--という説明は、非常に効果的な教え方であった。
レッスンの最後は、シューティングヘッドラインを使った遠投専門のテクニックの解説であった。
湖や海で絶対的に遠投が必要な場合、普通のラインで、遠くへ飛ばそうとするのは実用的ではない。 ダブルテーパーラインで届かない場所は、ウエイトフォワードラインを使えばよい。 さらに遠くへ飛ばす必要があれば、無理に同じラインを使わずに、さらに遠投のできるシューティングヘッドを使えば、らくに飛距離である。
ダブルテーパーラインは半分以下で使うようになっているラインで、ある程度以上のラインを出すと、スムーズなキャスティングは不可能になるからである。
シューティングテーパーラインの使い方についても詳しい解説があった。
まず、シューティングヘッド全体とランニングライン部約2mを、ロッドティップから出しておく。 次に、スネークピックアップ(左右にロッドを振りながらラインを蛇のようにくねらせて引き上げる方法)を使ってラインをピックアップする。
ラインが空中に持ち上がったら、ダブルフォールを1回かけて、ただちに前方へシューティングする。 こうすれば、フォールスキャストのために、ラインも落ちないし、少ない労力ですむ。
ランニングラインを2m出したということは、ダブルフォールの時に、シューティングヘッドのジョイント部分が、ロッドのティップガイドに当らないような安全距離をとってあるからであるといった。
全体の彼のキャスティングは、最初の来日から比べると、キャスティングが非常にソフトになっていて、キャスティングに力を入れていないことがわかった。 それは彼が年をとったためかもしれないが、彼の使っていたロッドが、反発力の強い軽量なグラファイトロッドに変わったためであろう。
フォワードキャストとバックキャストの時のストップの位置で、手首が一時停止して、つづいてフォロースルーで手首が流れる区切りが、ハッキリとわかる彼のキャスティングフォームは、昔とまったく同じで変わっていなかった。
今回の来日では、北海道をはじめ京都、甲府などを回って、箱根芦の湖が最後の講習会であった。
自分の得意とする釣り場は、川の釣りであると前置きして、白浜の水辺に立って、右手を上流と仮定して。 メンディング、バックハンドキャスト、バックハンドロールキャストを実演してみせたが、流れがないために、思うようなデモンストレーションができず、実技の説明が多かった。
たまたま午後の風が吹き出すやいなや、風に対するラインの処理を解説しはじめたのは、きびしいプロの一面を見たような気持ちであった。
彼は1年を通じて、アメリカ各地で行われるスポーツショウやタックルショーに必ず出席して、フライフィッシングのデモンストレーションを行っている。
屋内、屋外と、その都度、釣り場の条件の異なる所でキャスティングをしなければならないので、その時々の状況に即応した、解説ができるのも彼のプロとしての立派さである。
講習会後の昼食時に、楽しかったウイルダネスでのグレーリングやレイクトラウトのフライフィッシングの話がはずんだ。
彼とは昨年6月、ユーコンティンカップレイク以来の再開である。
かつて来日した数々のデモンストレーターの話になった時、女性キャスターのアン・ストローベルの話になった。
神技に近い正確なキャスティングをやってのけるアン・ストローベルについては、彼女がフライを始める以前から知っていて、各種のアドバイスをしたと語っていた。
練習を重ねれば、だれでもアンのようにじょうずなキャスティングはできるが、魚を釣るということは別問題であるともいっていた。
彼がしみじみいった言葉は、6年前の初来日の頃に比べて、日本のフライフィッシャーマンのキャスティングが、信じられないほど上達したということである。
魚の少ない日本では、キャスティングの回数も多く、練習量も多いからであろうと話し合った。
来年2月、ワシントン州シアトルで開かれるスポーツショーでの再開を約し、ウインタースチールヘッドの釣行を約束し、彼はあわただしく、参加者へのサインをすませ去っていった。
この文章の掲載を快く了解していただきました高田弘之様に感謝いたします。